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flashback to 1998

夕方からCNNやBBCのツイートはひっきりなしに流れてたし
ラボ帰りに寄ったジムで走りながら見てたテレビのニュースもずっと
エジプトのPresident Mubarakのスピーチと
それに対する国民の怒りについて。

ここ2週間ちょっとの間起こっていたエジプトでのデモは、
mk+にとってもちょっと他人事とは思えないものです。
高校時代を一緒に過ごした友人たちのTwitterやFacebookには、
やっぱりみんな似たようなことを感じてることが書いてあった。

チュニジアの "Jasmine Revolution" に影響を受けたエジプト。
私の人生と同じ年数の間 autocracy で国を支配してきたムバラク氏。
30年近くも「非常事態法」っていったい何?
でも独裁者による権力独占っていうのは、そういうことなんだ。

President Obamaは今日
"We are watching history unfold in Egypt"と言った。
それは autocracy から democracy への政変を意味する発言で、
ムバラク氏は自身のスピーチで辞任はしないことを明らかにした。

13年前の私たちは、実際に "unfolding of history" を目の当たりにした。
30年もの間インドネシアを独裁したスハルト元大統領は、
大学生の反政府デモからはじまってすぐに大規模なデモと
市内では戦車が走るような暴走自体と化して
私たちの大好きなインドネシアは一瞬にして穏やかさを失い
血走った目をしたデモ参加者たちが街頭を埋め尽くしてた。

まだ5月。
IB Examsの真っ最中。
でもそんなことを気にしてる余裕なんてなくて、
大規模なデモが起きたその日に学校は午前中で授業をストップして、
安全な地区に住んでる生徒は帰宅させて
残りの生徒はキャンパスで待機させられていた。

学校からの帰り道がいつもとまったく違ってゴーストタウンみたいになってたのは
今でも鮮明に覚えてる。

翌日の朝にはそのまま休校になることが発表されて、
国や会社によっては駐在員を素早くインドネシア国外へ非難させていた。
mk+のお父さんの会社はたぶん日本企業の中でも1、2番目くらいに帰国命令が出た。

1998年卒業生は
プロムも
卒業式も
卒業パーティーも
なにもなくして別れていった。

3ヵ月後に戻った大好きな母校は
2度と1998年5月以前と同じようには戻ることはなかったね。
高校最後の1年をそれでも一生懸命に過ごそうとしたけど、
やっぱり私たちの心に残った傷はすごく大きいものだったと思うし
人生観を変える出来事で、
29歳の今でも「人生の中で一番印象に残っている出来事」です。

でもいくらインドネシアを母国のように愛しても
所詮、私たちは「インドネシア駐在員の家族」だったわけで、
ローカルのインドネシア市民のように直接影響を受けるわけじゃない。
彼等が追った physical, emotional, and psychological 傷とは比べ物にならない。

心配で不安で悲しくて怖かったあの感覚を
エジプトの人たちは今同じように感じているんだと思うと
やりきれない気持ちになります。

お願いだから早く
エジプトの人たちに平穏な日々がやってきますように。

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コメントの投稿

secret

代替画像

re: buu_k

たしかに、その暴動起こしてた人の半数以上は選挙のときみたいに便乗や面白がって、っていうのはTwitterでそのことについて書いてたんだよね。だから今回のエジプトの件も、実際行動を起こし始めたのはちゃんと理解しながらやってる大学生たちだけど、結局デモ参加者の何割が便乗なんだろうなーって思いながらニュース見てたからさ。

国ってのはほんとに信じられないこと言ったりしたりするよね。アメリカはあの対応の早さにはほんとにびっくりした。絶対事前に知ってたでしょ?って思ったもん。

うちは結局父親たちはみんな国内に残ったんだよね。会社によっていろいろ対応の仕方が違ってたり、国の行動(or inaction thereof...)に「まじか?」って思ったりしたけど・・・あの事件後に先輩が死んだり同級生が死んだり、8月に戻ったときにはもう元のJISじゃなかったり、あの騒動以来、なにかが完全に変わっちゃったなぁっていうのを、思い出してたわけさ。

バリ長期滞在は逆にうらやましいけどね・・・私が某カトリック系男子校でIB試験受けてるときに?(笑)

代替画像

そっかー、そうだよね。たしかに一瞬にしていつものジャカルタとは違う有様になったよね。

私はねー実は国内にいました。パスポートがイミグレオフィスにあったしJALは通常の2倍の運賃をとるし、とてもじゃないけど銀行までいける状況じゃなかったじゃない?パスポートがないから国外にもいけない。日本にいる叔母が外務省に直接電話してどうするべきか聞いたけど答えは「どうしようもありませんね」叔母「じゃあ、死になさいって事ですね」国「ご愁傷様です。」あほか!!
しかーも日本大使館勤務の家族は暴動一日前に帰国してるし。
NHKではばんばん「邦人はみなJALのチャーター機で脱出してます」というニュースをいやーに冷静な目でみてる高校生の私がいた。
かたやアメリカはすぐに機体をチャーターしてパスポートも何もかもどうでもいいからとにかく逃げろと。
国を信用しないのはインドネシアの人と一緒だなー。あの暴動の時におもったのはただ一つ「とにかく国は信用ならない。」
実際暴動起こしていた人の半数以上は便乗だったし。選挙時のお祭り騒ぎとあんまり変わらないような。(実際に被害にあった方達も巻き添えくらってしまった人も真剣に何かを変えようとした人たちもいるけれど。)
ちょっと話はずれたけど私が感じたのはちょっとmkとは違う所だったからこんな人もいたのよーと思って聞き流してくれればいいよ♬

で、私はバリに長期滞在。バリの人はどこ吹く風~でいつもどおり笑っていました。

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